春は黄色から

ある老紳士と出会った。彼は大病を患っていた。
それでも紳士は、病気と共に、喜びや楽しみを見つけることを原動力にしながら、日々を生きていた。そして、世の中のことに疎い私に、色々な事を教えてくれた。

新緑の季節。
生い茂った木々を眺めながら、紳士は「春は黄色からなの、知っているかい?草木が一斉に緑になる前の、芽吹いたばかりの頃の木々は、黄色なんだ。その期間は、ほんの数日なんだよ。」と言った。白色、桃色、黄色が景色を彩る時、私は緑色の草木をみると、その言葉を思い出す。
紳士がゆっくり話す一言一言には、優しさと力強さがこもっていて、自然と耳を傾けたくなる。年月を重ねて生きたからこその深さと真実を感じさせた。私は紳士に会う度に、彼の話す美しい言葉やその響き、どんなことにも揺るがない芯の強さと、人柄にひきこまれていった。

紳士は病気で、体中が痛いはずだった。それでも、家にとどまることはせず、身なりを美しく整え、品位を漂わせ、周囲に優雅な印象を与えていた。そして会う度に、冗談交じりで「今日はどんな一日になるかな。いい日になるのも悪い日になるのも、あなた次第。」と私に笑顔むけながら、自分にも言い聞かせるように、語っていた。
そのような方でもあるから、どんな人にも自ら声をかけ、場を明るくしていた。

周囲に病気であることを感じさせず、希望と喜びを持って生きている紳士。
今日という日の一瞬一瞬を、力強く生きていた。

彼に会えるのが最後の日、感謝とともに、そっと心の中でさよならを告げた。
きっと、紳士は今も、繊細で美しく、豊かな表現と立ち振る舞いで、周囲の人々を和ませているだろう。